探検発見 : 紫雲丸遭難者慰霊碑

所在地 : 香川県高松市西宝町 3 丁目
訪問日 : 2004-04-03, 2006-05-13


タイタニック号沈没に次ぐ史上二番目 (当時) の海難事故、洞爺丸遭難 (1954 (昭和 29) 年) のわずか 8 ヶ月後、再び大きな海難事故が日本の海で起きました。

1955 (昭和 30) 年 5 月 11 日の早朝 6 時 56 分、濃霧の瀬戸内海、高松港沖の女木島西方海上で、国鉄宇高連絡船「紫雲丸」(1,449 総トン) が僚船の「第三宇高丸」(1,282 総トン) と衝突し沈没、168 名の犠牲者を出す大惨事となりました。
衝突から沈没までわずか 4 分、SOS を出す間も救命胴衣を付ける間も無い、あっという間の悲劇でした。
このとき紫雲丸には修学旅行の小中学生が多数乗船しており、犠牲者のうち 100 名が児童生徒 (男子 19 名、女子 81 名) で占められ、多くの人々の涙を呼ぶこととなりました。

衝突の起きた最大の原因は、第三宇高丸とすれ違う直前に紫雲丸が突然「謎の左転」をしたことにあります。

海上で船舶が行き違う際には、互いに左舷を見る向きで (つまり、右側通行で) すれ違うことが海上衝突予防法で義務付けられており、針路が交叉して衝突の恐れがある場合には右転して回避する必要があります。
しかし宇高連絡船においては、女木島付近で「右舷対右舷」の向きに相手船を見ることがしばしばありました (針路が交叉するのでなければ海上衝突予防法違反とはならない)。
紫雲丸型を除く国鉄宇高航路の車両航送船は船首から貨車の積み降ろしを行う構造となっており、宇野から来た連絡船が船首を向けてそのまま高松港に接岸しようとする際には、女木島付近で左転して高松港東方へ回り込み西向きに真っ直ぐ入港する操船を行うのが都合がよかったのです。

自船に左転を命じた紫雲丸船長は、連絡船の慣例に従い第三宇高丸も左転することを期待したのかも知れません。しかし視界の利かない濃霧のなかで、それはあまりに無謀でした。相手船の姿を視認したときには既に遅く、紫雲丸はほぼ全速で進む第三宇高丸の船首に右舷真横を直撃されることとなったのです。
紫雲丸船長は、救命胴衣も身に着けず、船橋で羅針盤にしっかりとしがみつき、自ら責任を取るかのように船と運命を共にしました。

前年の洞爺丸沈没に続き、1 年足らずの間に二度の重大な海難事故を引き起こした国鉄に対する非難は厳しく、第 3 代国鉄総裁・長崎惣之助は引責辞任することとなります。
ちなみに紫雲丸が沈んだとき、七重浜では洞爺丸が未だ船底を波間に覗かせながら海底に横たわったままでした。

ところで、「紫雲丸事故」と言えば一般には 1955 年の沈没事故を指しますが、紫雲丸は 1950 (昭和 25) 年 3 月 25 日にも直島水道南方で鷲羽丸と衝突・沈没する事故を起こしています (このときは貨物便で乗客の犠牲は無かったが、乗組員 7 名が殉職している)。
紫雲丸は二回目の沈没の後も再び引き揚げられ三たび航路に就くこととなりますが、二度の沈没事故を起こし多くの犠牲者を出し「死運丸」などと揶揄されるに至ってはさすがに縁起が悪いと、「瀬戸丸」と改称されました。
紫雲丸改め瀬戸丸は、その後は大きな事故もなく 1966 (昭和 41) 年まで就航しています。

紫雲丸事故の慰霊碑は高松市内の西方寺にありますが、なぜか案内標識の類が非常に少なく、予備知識無しでは見つけにくいところにあります。
JR 高徳線昭和町駅下車後、西へ 10 分程歩いたところ、西宝町 1 丁目交差点の南側に、「西方寺参道」の看板のある道路があるので、JR 高松運転所を後ろに見下ろしつつこれを登ります。登る途中で右手に進む (海に近寄る) 方向に曲がった先が西方寺、その境内に、上部に観音像の立つ慰霊碑が建立されています。
また、高松港から船で 20 分の沖にある女木島の港内にも、慰霊の地蔵尊があります。


紫雲丸遭難者慰霊碑西方寺境内の「紫雲丸遭難者慰霊碑」。
観音像が、事故のあった海域を見つめるように立っている。
以前は慰霊碑の場所から高松港がよく見えたようだが、現在は高層マンションが建ち、港の方向は視界が悪くなってしまった。
(2004-04-03)

女木島 慰霊地蔵尊女木港内にある慰霊地蔵尊。
もとは事故現場に近い島南西部にあったが、風雨によりしばしば損壊したために、改めて港内に建立された由。
(2004-04-03)

女木島西方 紫雲丸沈没現場付近女木島南西部、女木島灯台付近からかつての事故現場付近を見る。
左側に見える浮標の向こう側、写真では手前のフェリーと向こうの陸地の中間くらいの場所に紫雲丸は沈没した。
(2004-04-03)

参考文献

鉄道連絡船 100 年の航跡 (二訂版)
古川達郎, 成山堂書店, 2001, ISBN4-425-92141-0
宇高連絡船 紫雲丸はなぜ沈んだか
萩原幹生, 成山堂書店, 2000, ISBN4-425-94621-9