所在地 : 長野県北佐久郡軽井沢町 (→Mapion)
訪問日 : 2004-07-17
商用交流電源の周波数が二分されている日本の特殊性ゆえ、全線交流電化鉄道である新幹線には綱島周波数変換変電所のような特異な施設が必要となることがあります。
そして、東海道新幹線の周波数変換変電所とはある意味対照的な電気施設が、北陸新幹線 (長野新幹線) に存在します。
一般に交流電化鉄道では、電力会社から供給された三相交流をスコット変圧器により単相 2 組に変換したうえで架線に流すのですが、このとき 2 つの単相交流電流の間には 90 度の位相差が生じます。各変電所で単相への変換を行う結果、隣接する変電所との間で位相差が生じることとなります。
各変電所のき電 (架線に流すための電流を供給すること) の境界部分には、き電区間の切り分けのために「き電区分所」が設けられるのですが、交流電化の場合、隣接変電所間の位相の異なる交流電流を短絡しないよう、き電区分所箇所にデッドセクションを設けて架線を電気的に分離します (「異相区分セクション」と呼ぶ)。
ただし、高速走行のために常時力行運転が求められる新幹線においては、惰行で通過する必要のあるデッドセクションを本線上に設けるわけにはいきません。まさか 200km/h オーバーで走行しつつデッドセクションを視認して手動でノッチオフしろと?
このため、新幹線の異相区分セクションにおいては、前後をエアーセクションで区切られた 1.5km 程の「中セクション」を設け、列車が中セクション内に入ると、中セクション内のき電を手前区間の変電所から次区間の変電所へと地上側で瞬時に切り替えることで、電車がノッチオフせずに通過できる「切替セクション」方式が採用されました。
新幹線に乗っているとき、空調装置が一旦停止した後再び唸り出すことが時々あるのは、切替セクションを通過する際に架線からの給電が一瞬途絶えるためです。
国土の東西で電源周波数の異なる日本においては、周波数の異なる区間をまたがる場合にも異相区分セクションと同様に考慮する必要があります。現実には在来線では、交流 50Hz 電化区間と交流 60Hz 電化区間の間には直流電化区間や非電化区間が介在しているために異周波交流が直接突き合わされることはなかったため、全線交流である新幹線で初めて異周波問題が顕在することとなりました。
東海道・山陽新幹線においては、富士川以東の 50Hz エリアに周波数変換変電所を設けて全線を 60Hz に統一しました。一方、全線が 50Hz エリアを走る東北・上越新幹線は、当然 50Hz を採用しました。
1997 (平成 9) 年 10 月に高崎〜長野間が開業した北陸新幹線 (長野新幹線) では、上越新幹線に接続する高崎寄りが 50Hz であるのに対し、長野県内は中部電力 60Hz エリアとなるため、東海道新幹線に続き異周波への対応が必要となりました。
北陸新幹線の場合、全線完成時 (いつのことになるのかは分かりませんが) には東海道・山陽新幹線と接続されるので、線内のどこかで必ず 50Hz と 60Hz の突き合わせが発生することとなります。
在来線ならば異周波境界部分にデッドセクションを設けるところですが、前述のようにデッドセクションを設けることのできない新幹線では異相区分セクションと同様、切替セクションにより対応することとしました (もちろん、北陸新幹線用車両は 50・60Hz 両方に対応する必要がある)。
北陸新幹線において周波数切替が行われる場所は、軽井沢駅から約 5km 長野寄りの借宿トンネル入口付近に設けられた新軽井沢き電区分所です。
基本的な原理は異相区分切替セクションと同様ですが、異周波電流の混触により ATC (自動列車制御装置) 信号に悪影響を及ぼすのを防ぐため、中セクションに吸上変圧器を配して中セクション内のレール電流を強制的に吸い上げるなど、異周波突き合わせ箇所特有の対策がなされています。
技術的には 200km/h 以上で力行しながら通過しても問題ないはずですが、周波数が切り替わるという特殊性を考慮してか、実際には速度を落として惰行で通過しているようです (碓氷峠の急勾配区間に近いところなので、どのみち最高速度で突っ走ることはできないとは思いますが)。
ところで、新軽井沢で初めて生まれた異周波切替セクションですが、当初の新幹線計画では、新軽井沢よりも早い時期に意外なところで異周波突き合わせが発生する予定でした。
国鉄時代、東海道新幹線と東北新幹線は直通運転の計画がありました。と言っても、盛岡から博多まで直通列車を走らせるつもりだったというよりも、東海道新幹線の列車を田端の車両基地へ、東北新幹線の列車を品川の車両基地 (現在は大井へ移転) へ収容することで、東京駅での折り返し運転による交叉支障を解消することが主な目的でした。
東海道新幹線には 60Hz 専用の車両しかないので、後から製造される東北新幹線用の車両を 50・60Hz 両用とし、東京駅から田端付近までを 60Hz で電化、車両基地への分岐点の北方にある新王子き電区分所で周波数切替を行う計画となっていました。
国鉄の分割民営化などもあって両新幹線の直通運転計画は顧みられなくなり、新王子での周波数切替は未だもって実現していませんが、当時の技術的検討の成果が新軽井沢き電区分所に活かされているのです。
現在、北陸新幹線は長野から先、飯山、上越を経て富山・金沢への延伸工事が行われています。
途中、東北電力 50Hz エリアである新潟県内を少なからず通過することとなるので、中部電力および北陸電力との境界に 1 ヶ所ずつ、新軽井沢き電区分所と同様の異周波切替セクションが設けられるものと思われます。
新軽井沢き電区分所。予備知識無しにこれだけ見て、周波数切替を行う施設だと判った人はエライ。
(2004-07-17)
借宿トンネル入口から軽井沢駅寄りの中セクション部分。望遠レンズの圧縮効果のために判り辛いが、中セクション区間へのき電点と、奥に 50Hzき電区間と中セクションを区切るエアーセクションが僅かに見える。
(2004-07-17)
中セクションへのき電点。き電区分所からレール沿いに延びた同軸き電ケーブルが架線に接続されている。
(2004-07-17)
借宿トンネル入口 (写真奥が長野方面)。60Hz き電区間と中セクションの間のエアーセクションはトンネル内に設置されている。
左側線路 (下り線) 上、架線が 2 本並んで張られエアーセクションを構成しているのが垣間見える。
(2004-07-17)
参考文献
- 特集 北陸新幹線
- 「鉄道と電気技術」1996 年 12 月号, 日本鉄道電気技術協会, 1996
- 特集 北陸新幹線と電気設備の新技術
- 「OHM」1998 年 2 月号, オーム社, 1998