探検発見 : 気象庁 地磁気観測所

所在地 : 茨城県石岡市柿岡 595
訪問日 : 2004-04-17
URL : http://www.kakioka-jma.go.jp/index_j.html


JR 常磐線で取手以遠の土浦・水戸方面へ行く際、藤代駅の手前で電車の車内灯が消えるのを経験したことのある人は少なくないと思います。

「鉄」な御仁には説明不要でしょうが、常磐線は取手〜藤代間を境に、上野寄りは直流 1,500V、水戸寄りは交流 20,000V と電化方式が異なります。当然、方式の異なる電流を同時に架線に流すことはできないので、両者の架線は分離する必要がありますが、かと言って架線がプッツリ分断されてしまってはパンタグラフが追従できず、電車がスムーズに直通運転することができません。そのため、両者は絶縁部分を介して、電気的に分離しつつ物理的な連続性を保つよう接続されることとなります。このような、異なる電気方式の境界部分に設けられる絶縁区間を「デッドセクション (架線死区間)」と呼びます。
取手〜藤代間のような、交流電化と直流電化の境界部分に設けられたものは特に「交直デッドセクション」と呼ばれることもあります。
交直デッドセクションを電車が通過する際には、車両側の回路を切り替える操作を行うのですが、主回路通電中にいきなり切替を行うわけにはいかないので、ブレーカーを作動させて電車全体の電源を絶った状態としたうえで回路切換を行います。このため、運転台で交直切替スイッチを操作 (このタイミングでブレーカーが作動し、パンタグラフ付近で「バシッ」と大きな音がする) してから惰性でデッドセクションを通過しブレーカーが復旧するまでの間、電車全体が停電状態となります。車内灯が消灯し空調装置が停止するのはこのためです。
もっとも、最近の電車はバッテリーによってサービス用電源をバックアップしていたりするので、必ずしも「車内停電」を経験できるとは限りませんが。
なお、2007 (平成 19) 年 3 月 18 日ダイヤ改正より、常磐線上野口の中距離電車は新型の E531 系に統一され、現在、藤代で車内灯が消灯するのは 651 系を使用する「スーパーひたち」のみとなっています。

直流・交流の両方の電気方式に対応した車両は当然ながら製造費も高くつき、これを大量に用意することは鉄道会社にとっても負担となることから、交直デッドセクションの存在は大量輸送を行ううえでの大きなネックとなるのですが、JR 東日本 (と言うか、旧国鉄) も好き好んで東京から約 40km の至近距離に交直デッドセクションを設けているわけではありません。
その理由は、茨城県新治郡八郷町 (現・石岡市) 柿岡に「気象庁地磁気観測所」があるためです。

微弱な地球磁気を正確に観測するうえでは、磁気を帯びやすい金属類や磁界を発生させる電気は大敵です。
とりわけ直流電流は常に一定方向に磁界を発生させるため、観測上の大きな障害となります (交流電流は周期的に向きが変わるため、発生する磁界の向きも周期的に変わり相互に打ち消しあうので影響が少ない)。
地磁気観測に悪影響を及ぼす直流電流の最もポピュラーなものが直流電化鉄道であるわけで、法令上も「(電気事業法に基づく) 電気設備に関する技術基準を定める省令」第四十三条において
「直流の電線路、電車線路及び帰線は、地球磁気観測所又は地球電気観測所に対して観測上の障害を及ぼさないように施設しなければならない」
と明確に規制されています。
このため、柿岡の地磁気観測所を中心に半径 35km 以内では直流電化を採用することができません (35km という具体的数値が法令で決められているわけではない)。
地磁気観測所の存在による鉄道への影響は、常磐線のみならず、関東鉄道が常総線・竜ヶ崎線とも非電化のままであるとか、秋葉原とつくば市を結ぶ「つくばエクスプレス」も守谷以遠を交流電化とせざるを得なくなるなど、広範囲に及んでいます。

気象庁地磁気観測所は、所在地名から「柿岡地磁気観測所」と呼ばれることもありますが、地名抜きの「気象庁地磁気観測所」が一応は正式な名称です。
もとは 1883 (明治 16) 年に東京・赤坂に開設されましたが、その後東京市電 (後の東京都電) の影響で観測に支障をきたすようになり、1913 (大正 2) 年 1 月、筑波山麓の柿岡に移転しました。明治・大正の時代から、直流電化鉄道とは因縁深い施設であったわけです。
1973 (昭和 48) 年には、地球を取り巻く放射線帯粒子の活動を示す指数 (Dst 指数) を決定するための、世界で 4 ヶ所の国際標準観測所のひとつとして指定され、国際的にも重要な地位にあります。また、日本で唯一の地球電磁気測器の検定機関でもあります。
柿岡の本所のほか、女満別 (北海道) と鹿屋 (鹿児島県) に出張所があります。女満別出張所は北半球地磁気活動度指数 (Kn 指数) を求めるための指定観測所 (世界 12 ヶ所) のひとつ、鹿屋出張所は磁気嵐指定観測所 (世界 10 ヶ所) のひとつと、これらも国際的に重要な観測拠点となっています。

地磁気観測所の施設見学は、平日であれば事前に業務係に申し込めば相談に応じてもらえる他、柿岡の本所では毎年 4 月の「科学技術週間」に一般公開が行われます。
常磐線交流電化に関連して名前を挙げられることの多い割に、どのような施設か知らない人は案外少なくないと思われます。まして実際に訪問してみたことのある方は更に少ないのでは。と言うわけで、交直デッドセクションについて薀蓄を語るのであれば、地磁気観測所についても (年一度の一般公開を狙ってでも) 訪問取材を敢行してみてはいかがでしょうか。
イベント情報やアクセス方法は、公式 Web サイトで確認を。


気象庁 地磁気観測所地磁気観測所本館 (第一庁舎)。1925 (大正 14) 年に竣工したドイツ様式の洋館で、正面玄関から外を見ると真正面に筑波山が見えるよう設計されたとか。
開設当初、柿岡には観測施設しかなかったが、1923 (大正 12) 年の関東大震災を契機に、地磁気観測所組織全体が柿岡に移転した。この本館も、震災後の移転に際して建てられたもの。
(2004-04-17)

気象庁 地磁気観測所KASMMER (Kakioka Automatic Standard Magnetometer) と呼ばれる地磁気観測施設。
地磁気の変動を連続して観測するオーバーハウザー磁力計 4 台 (左側の 4 棟に 1 台ずつ設置) と、磁場の方向と強度を高精度に測る地磁気絶対値比較較性装置 (角度測定器とプロトン磁力計から構成、右奥の建物内に設置) により構成される。
(2004-04-17)

気象庁 地磁気観測所大気中の電場を観測する空中電気室。1925 (大正 14) 年に建てられたもの。
四角い箱状の素っ気無い建物だが、入口上部のアーチが良いアクセントとなっている。実用一点張りばかりでない、大正の時代の粋が感じられる。
(2004-04-17)

気象庁 地磁気観測所1924 (大正 13) 年に建てられた実験室。銅板葺きの屋根は見事に緑青がふいている。
写真のアングルでは判り辛いが、正面上部のアーチ状の造形やステンドグラス、そして三角に尖った屋根と、観測所内に残るなかで最も「大正モダーン」を感じさせる建物。
(2004-04-17)

気象庁 地磁気観測所1912 (大正元) 年に建てられた第一変化計室 (右) と、1925 (大正 14) 年に建てられた第二変化計室 (左)。
温度変化による影響を避けるため、第一変化計室は土盛りされた半地下構造となっており、第二変化計室は厚さ 1m の壁 (内部に断熱用の空間が設けられている) で覆われている。
(2004-04-17)

JR 常磐線 交直デッドセクション (取手〜藤代間)おまけ : 常磐線・取手〜藤代間の交直デッドセクションを通過する電車。写真右奥が藤代駅方面、つまり交流電化区間。
左側にある長六角形の縞模様の標識は、交直デッドセクションの存在を示す「架線死区間標識」。
(2004-04-17)

参考文献

気象庁地磁気観測所 見学のしおり
気象庁 地磁気観測所 , <http://www.kakioka-jma.go.jp/A/pamphlet.pdf>
地磁気観測と交流電化
「鉄道ジャーナル」2007 年 11 月号, 鉄道ジャーナル社, 2007